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▲チョコレートとタマムシ(2):色素不在が生み出す極彩色 [色]

 身体が透明になるSFとして有名なのがH.G.ウェルズの
「透明人間」である.これではある秘薬を飲むと,網膜だけを
赤く残して透明になってしまうという設定である.ヘモグロビン
のような鉄錯体を含んだ赤いヘムタンパク質が無いと酸素運搬
が出来ないのではと思ったりしてしまうが,筋肉部分に関して
はどうだろう.
 トランスルーセントの名称がつけられた鑑賞魚がいて,これは
筋肉部分が透明で骨格が透けて見えたりする.僕等の眼球の中の
レンズはクリスタリンというタンパク質から出来ているが,この
透明度は驚くほど高い.鶏卵の白身も透明だから,機能している
タンパク質の多くは白いゆで卵というよりはフグ刺の半透明に
近いのだろうか.
 ともあれ色彩という面から見ると,透明になるほど固有の
色素を持たないかぎり色を持つことはないと思いがちである.
別の言葉で言うと,色というのはその物に含まれる「顕色材」
しだいということになる.ところが自然界には極彩色でありながら
それが色素に由来しないものがいくらでもあるのだ.

タマムシ2b.jpg

 去年の9月の或る日山道を散歩していたらタマムシの死骸が
ころがっていた.体軸にそった縦縞の絢爛さは息をのむばかりで,
見る角度で色が変わる様子はDVDのディスクを見るようである.
この色こそ,色素には由来しない色の典型例の一つである.
 前回触れたように色素による色は白色光の中のある波長部分
を吸収し,その補色部分の波長が色として感知されることに
由来する.しかしタマムシの体色は光の干渉によるもので
発色の担体であるクチクラ層表層膜に色素は存在しない.この
タマムシ表層膜を透過型電子顕微鏡で観察すると18層の薄膜
からなる構造体であるという.おそらくカナブンの緑も平滑な
表層膜を持つに違いない.

タマムシ3b.jpg
タマムシ4b.jpg
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チョコレートとタマムシ(1):物と色彩の亀裂 [色]

ゴンチャロフチョコ1b.jpg
 
もらったチョコレートを食べようとしたら,あまり綺麗なので口に
入れるのが惜しくなってしまった.写真に納まっているこの作品は
ロシア風製法の伝統をひく神戸のお菓子工房;「ゴンチャロフ」が世に
送り出している逸品である.と言っても僕はチョコレートに関する
薀蓄も全く無いし,このメモも舌触りや味に関してではない.

ゴンチャロフチョコ3b.jpg
 
チョコレートが発する色というのはその素材とかかわりがあるのは
明らかだが,それを色との関連で見たらどうなるのだろう.絵具の
場合,色を決めているのは顕色材としてくくられる色素で他は塗りの
伸びや定着,絵具としての均質性を良くしたりする助剤である.
チョコレートの発色は単一ではないにしても主調はカカオマスとか
ココアパウダーに由来するはずである.しかし,調べてみるとココア
パウダーはチョコレート色よりはわずかに赤みがかかって,
実際はpHとかに発色が微妙に影響を受けるという.

ゴンチャロフチョコ2b.jpg

カカオ豆から最終的なチョコレートに到るまでには何段階にもわたる
複雑な工程があり,ココアバターとか,植物油脂,水飴とか,
それ自身では色彩的な顕色には影響が少なくても質感という色彩の
具現的な姿に大きな役割を果たすことになる.
 色を色素と言う面から見ると,顔料にしても染料にしても光の中の
どの波長を吸収し,どの波長を補色として発するかということになり,
この面ではチョコレートもより積分的な複雑さは有るにしても例外では
ありえない.

ゴンチャロフチョコ4b.jpg

 一方,これを描く対象として見たらどうなるのだろうか.チョコレート
が具現する現実の姿は艶や香り,特定の肌触りを有する物で有って
絵具が具現する色素とは異なる.したがって描くという行為は
本質的に客体そのものではなく,それの翻訳であることを絶対に
避けることは出来ないのだ.客体を言葉で描こうとすることが
翻訳であることを何人も否定はしない.しかし具体的な形象で
表現することは,言語を使うと同様極めて高度で神秘的な翻訳
行為であるように思う.

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