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●「凍る地球」;60年前の少年SF(2)太陽活動と開放系地球 [太陽]

前回紹介した少年SF「凍る地球」(「東光少年」創刊号より連載,
1949年1月発刊;著者:高垣眸・深山百合太郎)は米国
ピッツバーグ郊外の第16原子力発電所の暴走,大爆発から物語は始まる.
時は1965年,著作の時点からみれば四半世紀先の未来ということになる.

1952.jpeg
このSFの読者層に入る僕等の小学校6年生(1952)時の記念写真.その内容を ふりかえるとちょっとちぐはぐな感じがする.

 原子炉の暴走と言えば,ヒューマン・エラーの積み重ねによる
1986年のチェルノブイリ原子力発電所4号炉・炉心溶融・爆発事故
を思い浮かべる方が多いのではなかろうか.しかし,「凍る地球」の場合
事故の原因は全く違う.ヒューマン・エラーが関係ないというわけでは
ないが,主たる原因は太陽黒点が急激に活動を始め,想像を絶する猛烈な
γ線,中性子バーストが地球を襲うというものであった.この異常太陽
活動はさらに1万トンの核燃料積載の貨物船の大爆発を誘発,珊瑚環礁を
瞬時に消滅させる.しかも,この核大爆発と太陽活動の相乗効果で電離層
に新層が形成され,ここを中心に合成されたアンモニアガスが地球に灼熱
地獄を招来,さらには生物の生育を助長する環境要因の激変で天文学的な
飛蝗の大集団が黒い雲となってアフリカからユーラシア大陸へと大移動を
開始するのだ.

チェリノブイリ現状.jpeg
http://www.jrp.gr.jp/modules/2007prize/index.php#p100
JRP2007年入賞作品;奨励賞 森住卓;20年目のチェルノブイリ.原発事故の傷跡は消えていない

 この地球全体を舞台とした空前の環境危機と,それを迎え撃つ文明の
戦闘,敗北,崩壊の過程を追うことはこの短いコメントの趣旨ではない.
僕が震撼したのは,この60年前の少年SFの先鋭な問題意識である.
小学生の僕を含めて当時の大方は人間集団の善悪判定に忙しく,文明の
根底に厳然としてある大いなる自然の黙示録的力を気まぐれな季節変動
程度にしか捉えていなかったように思う.しかし高垣・深山(TF)の
小説は巨大な時間スケールの中で起こる神の「突然の降臨」を,起こり
えない妄想ととしてではなく起こりうる危機ととして描いてみせる.
それは時代を越えた筆者等の独自の世界観から必然的に生まれてきた問題
意識ではなかろうか.独断を承知で以下にその特徴をスケッチしてみる
ことにしよう.

●開放系としての地球の拡張
地球が物質,エネルギーの出入りがない閉鎖系であるといった断言は,
降り注ぐ日光を浴びれば子供でも容易に誤りを指摘できる.しかし開放系
の実体を狭く浅く捉えるのと,広く深く捉えるのとでは実相は全く異なっ
たものになるだろう.直感ではなく観測事実そのものは49年段階でどう
なっていたのだろうか.例えば目に見えない放射線のようなものを例にし
てみよう.

 宇宙空間から飛来する高エネルギー放射線の存在については ビク
ター・フランツ・ヘスの気球を用いた先駆的研究がある.1900年代の初め,
宇宙からの放射線飛来については未だ大部分の科学者は懐疑的で有った.
地中に放射線を出す物質があることは広く確認されていたから,仮にそれ
が疑われる事実が有ったとしても,天空から来ることを証明しなくてはな
らない.
 ヘスは気球で可能なかぎり上昇し,高高度で測定すればこの放射線由来
の問題を解決できると考えた.しかし,5000m以上の高度に無酸素で上昇す
ることなど狂気の沙汰だ.もし多くが信じていたように地上にその原因が
有るなら高度と共にその値は減少するだろう.この論理がヘスを行動にか
りたて宇宙線研究のさきがけとなった.放射線の値は高度にともなって増
大し,エネルギー流入源に宇宙線が加わることになったのである.

LHCofCERNs.jpeg
CERN,大型ハドロン衝突型加速器 (Large Hadron Collider、略称 LHC) . 陽子ビームは7TeVまで加速され正面衝突する.この14TeV(14兆eV)という値は 宇宙線の最高値に比べれば何桁も小さい. 

現在測定されている宇宙線エネルギー値の最高値は10x一万京evという驚くべ
き値で,人類が生み出した加速器の粒子エネルギーのどれをも越えている.
こういった超高エネルギー粒子の影響があまり問題になっていないのは
到達量が少ないためと考えられるが,エネルギー値が低くなると共に地球
圏に達する量は急激に増大する.しかし,宇宙線はまっすぐ地上に到達す
るわけではない.銀河宇宙線に関して言えばこのエネルギーは二つのの要
因によって地上への影響が減じられていると考えられている.
 一つは地球の分厚い大気の層で,γ線,X線,荷電粒子を含む宇宙線は大
気中で二次宇宙線を生じて勢いが分散する.あと一つは太陽からのプラズ
マ状態になった陽子や電子の流れ;太陽風のバリアー作用である.この太
陽風の粒子速度は秒速300~900kmで地球に吹きつけ,地球磁気圏と相互作
用する.実はこの太陽風はもっと大きなバリアー領域をもっていて,太陽
系全体を覆う境界面;ヘリオポーズにより星間風を最初にはじきとばすこ
とになるから,太陽風は地球にとって二重の障壁ということになろう.

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今年NASAが公開した太陽の大フレア.黒点の減少の中でのこの大フレアは興味深い

 身近な恒星;太陽,太陽系内の小惑星,太陽系外の星ぼしからのエネル
ギー,物質の流入は複雑,多様で地球環境を孤立的に分析することは出来
ない.太陽風をバリアーとしたが,この価値観を含んだ表現は太陽活動に
よってはバリアーどころか反対の攻撃要因に転化するであろう.太陽活動
が異常な活動を行えば,太陽からの高エネルギー粒子の流れそのものが地
球環境に激変をもたらすことになる.TFの物語の主役のひとつである高速
中性子線については,荷電粒子ではないので地球磁気圏のバリアー機能の
影響を受けないが,その実体につてはどの程度分かっているのだろうか.

 太陽活動と中性子バーストにつぃて特化した観測を行っているのは世界
で日本だけである.東京大学宇宙線研究所乗鞍観測所を拠点として続けら
れている名古屋大学太陽地球環境研究所グループがそれであるが,高エネ
ルギー粒子加速の仕組みを解明するためにも,観測の継続・発展を期待し
たい.
http://shnet1.stelab.nagoya-u.ac.jp/~ymatsu/solarneutron/

 TFの物語をSF特有の気ままな空想として退けることは簡単であるが,地
球外環境と地球環境を不可分なものとして考察する先駆的視点こそ重要で
あると思う.

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2010年3月16日,甲府盆地は黄砂にすっぽりと包まれた.国境を越えておしよせる砂塵は 地球のシステム的把握の必要性を象徴するかのようである.

●変化を見るシステム的視点
 TFの物語のタイトルは「凍る地球」である.しかし,上述したように物語
は太陽の異常活動をきっかけとした灼熱地獄で始まる.なぜ凍る地球なの
か.TFは物語中の浅井博士に次のように語らせている.
”では植物は無限に地上に繁茂するのでしょうか?いえいえ,そこにはま
た,新しい条件が発生します.地球上の炭酸ガスの総量には限度がありま
す.動植物の呼吸燃焼,火山活動等を考慮に入れたとしても,10万億トン
くらいであろうと推定されます.従って,ある年数がたてば,植物の異常
な繁茂のため,当然炭酸ガスが欠乏してくるでしょう.D層付近のアンモニ
ア層も,分子量が15ですから,窒素の12に比して重いため漸次下降してく
るでしょう.そして,一旦水蒸気に捕まれば,すぐ溶融しますから,ある
年月が経てば,アンモニア層も消滅しましょう.炭酸ガスとアンモニアの
減少は,何を意味しますか.これは気温の降下を意味します.・・・
従って,近い将来に,太陽特殊放射線も止み,D層の消滅ともなれば,空間
条件の変化に伴い,全盛をきわめていた植物は尽く枯死し,地球は猛烈な
寒冷に見まわれて,やがて地表を厚い氷雪が覆うに至るであろうと考えら
れます.”

93Connection Machine-5.jpg
93年型並列コンピュータConnection Machine-5.気候変動の解析には不可欠であるが課題は多い.

 炭酸ガスの循環を工場&機械からの排出,拡散,分解,気圏,水圏,陸
地,動物,植物の代謝,等あらゆるパラメターを総合的に入力し,時間因
子を入れながら各観測地点での動態をシミュレートすることは,原理的に
不可能ではないにしてもきわめて困難な作業にちがいない.しかし,衛星
からの炭酸ガスモニターのような手法で,観測値としてマッピングするこ
とは今の技術でも空間分解能を問わなければ実現可能であろう.その結果
炭酸ガスの純増が認められたとしても,地球システムとしていかなる方策
をとるかには人間社会の価値観が入り込む.ヒト以外の動物や植物は環境
因子に直接的に対応し,生態学的構造を変えるが,これをどう受け取るか
は社会の価値観によって全く異なるにちがいない.しかし,強制力として
の環境因子はやがて人間にも有無を言わさぬ影響を発揮するようになる.
つまり”知恵”を持つ僕等人間は常に自然の中の動植物;アニマを足蹴に
して,一番最後からしぶしぶ変化に対応しようとするのであろう.

 TFは科学・技術により,この悲劇を回避する努力を評価すると共に,自
然の圧倒的力を前に人間の営為が無力であり,悲劇が回避できないことを
も描き出す.そのことにこそ黙示録的意味が含まれているように思うのだ
が,冒頭TFの以下の一節を引用して,このメモを終わりにしたい.

”科学小説「凍る地球」を,私共が協力して読者諸君の前に贈ろうという,
真の目的は何でしょう.それは,明日の科学は,どの方向へ進むのかとい う予言と明日の文化は,どうなくてはならないのか,という忠告とを含め て,読者諸君の中から,只一人でもよいから,真正な大科学者を生みだし
人類文化の向上に寄与したいという考えから出発したのです.”

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●60年前の黙示録;少年少女SF「凍る地球」の警告(1) [太陽]

 人口問題や食料を含む資源・エネルギー危機,それに異常気象を
重ねると今日の環境問題はその射程に殆どが入ってしまうが,
文明批評を不可欠とするSFはどの程度深く,広くこの主題と取り組んで
来たのであろうか.今はSFというよりは現実そのもので,既存科学の
枠組を越えたシステム的視点が強調されるにしても,それはフィクション
の世界ではない.しかし50年,60年前となるとどうだろうか.

春雪2.jpeg
本年3月9日の大雪.この月の大雪の経験が無いわけではないが今冬の天候激変は異常

 科学・技術は生活向上,ひいては社会発展の希望の星と大部分が
前向きに受け取っていた時代である.SFの分野こそ多くの発言が
なされてしかるべき時代で有った.にもかかわらず地球環境のような
グローバルな視点のSF作品は少なかったように思う.
 と言っても60年以上前というと僕は小学3,4年生である.大人向けSF
など読める歳ではないし,また本は戦後の紙不足で限られた数しか出版
されていなかったはずだ.当時の僕等が夢中になっていた本は,少年
少女向けの月刊雑誌で,この中にはSF的な内容のものも多数有った.
その一つが「東光少年」である.この雑誌は昭和23年(1948)創刊の
冒険活劇文庫(後に少年画報と改題)より一年後れて創刊されたが,
小説中心で絵物語中心の他誌と性格を異にしていた.

春雪3.jpeg
翌朝3月10日,多量の着雪で木々の枝がいたるところで道路に散乱していた

 小学生の僕が雑誌を買ってもらえるかどうかは,その月の家の経済
状態と交渉しだいで,冒険活劇文庫だけは定期購入していたので
「凍る地球」の初登場については記憶が定かではない.ただ,太陽黒点
異常による地球環境の激変がアフリカの大砂漠を消滅させ,大豪雨
の連続で生態系が完全に崩壊,飛イナゴの大群が波濤のように欧州
各地を襲う場面が強烈な印象として残った.

3月25日松林雨1.jpeg
松の木の中には倒れるものも有り電線によりかかって危険な状態が続いた.

その後,引越しのどさくさで僕が大切にしていた雑誌,漫画の類は総て
廃棄されてしまい,10年,20年と月日が経過するうちに通常の図書館で
この雑誌を見ることは不可能となって今に到っている.と,ここまで書いて
終わりにしたらいかにも尻切れトンボであるが,1987年に少年小説体系
のシリーズが三一書房より復刻されたことを報告しなくてはならない.
その第五巻が高垣眸,急いで購入すると「凍る地球」のタイトルを見出す
ことが出来た.次回この物語の驚くべき内容について触れてみたい.
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