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●コーシャー・ディル・ピクルス (KOSHER DILL PICKLES) 閑話 [食]

▲漬物が無くなると漬物の有難味がわかる.客員研究員としてアメリカで研究していた
時,食欲が日に日に落ちていったのにはまいった.原因はいろいろ考えられる.
貧弱な英会話能力,ランチ時の雑談にフォローできず全員が爆笑しても笑えない悲しさ!
それでも仲間の研究者,技術員達はこの奇妙な英語を話す日本からの客人に辛抱強く
対応してくれたから,食欲減退の第一原因が言語の壁とは考えがたい.
大体,日本での重苦しい閉塞感から自由となり,暇さえあれば公園顔負けの大学
   キャンパスを散歩したり,娘の誕生会に出たり,
    友達となったポスト・ドク達と夜中まで大学院生クラブ棟で騒いでいたのだから.

ギヨプリンストン.jpeg
30年前のプリンストン大学生物学教室.今はポップ な分子生物学棟に変身・移転.キャノンAE-1 ネガフィルム

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構内大きな石楠花の茂み.大学の古い歴史と共に在ったであろう植物がしのばれる.キャノンAE-1 ネガフィルム

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小さなケーキを囲んでの誕生会.子供達のわくわくするような歓声が聞こえてくるようで懐かしい.キャノンAE-1

と言うわけで,食欲減退の一番の原因は,どうやらこの地の食物だったように思う.
 スパゲティ,ハムバーク,ステーキも嫌いでは無いが,肉食文化に取り囲まれた
かのような食環境は日を追ってストレスが増すこととなる.

▲そんな中で出会ったコーシャー・ディル・ピクルス (KOSHER DILL PICKLES) は僕の
食事時の楽しみの一つとなった.高さ十数センチの広口ガラス瓶の中に,ちょっと小ぶりの
キュウリが漬け込まれていて,噛み砕くと不思議な風味と共に古漬けのような酸味が
広がる一種の漬物である.日本に居た時は食べたことが無かっただけでなく,その存在
も知らなかったが,ランチ時の会話には頻繁に登場するところからすると,どうやら米国
東部ではかなりメジャーな食品らしい.自家製ピクルス作りも盛んなようで,研究室を
主宰するスタインバーグ教授(M.S.Steinberg)などは多量のキュウリの買出しに
出かけてポリバケツに漬け込むという.

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 その時自家製レシピを頂いたのだが,帰国して長い間それは使われること無くファイル
に眠っていた.ピクルス用のキュウリや,必須成分のディルの栽培が面倒に思えたから
である.それが30年も経て女房の手で日の目をみることとなった.写真はそのピクルス
で,市販のそれとは比較にならない深い味と香り,「これは美味!」ということで瞬く間に
数本のキュウリは白ワインと一緒に僕等の胃袋に消えてしまった.但し今回は
スタインバーグ先生のレシピとは少し異なっていて,これがコーシャーなる名前の由来と
重なりいろいろな謎を生むことになる.

KosherLikePickles2.jpeg

▲まずディルであるが,このセリ科の一年草は香味料や生薬として驚くほど長い歴史が
有るらしい.5000年も前から生薬としてエジプトの医者が使用していたというから驚く.
古代ギリシャ・ローマ,その外のヨーロッパ,北アフリカと広まった歴史の中で特に注目
されるのは,古代イスラエルでも重要な植物であったことを示す記述が残されていること
である.ユダヤ民族における歴史記述の情熱は想像を絶するものがあり,その根幹を
なす「モーゼ五書」の土台の上にユダヤ口伝律法書「ミシュナ」とその注釈である
「タルムード」の壮大な体系が聳え立っているが,このタルムードの中に納税法として
ディルの種子,葉,茎で支払うことと命じた箇所があるというのだ.これほどの広まりを
見せ,著名となった薬香草がなぜ東アジアに到達しなかったのか,今回は疑問を提起
するだけにしてピクルスの方に話を戻すと,このレシピでもいろいろ分からないことが多い.

▲実は,女房が具体的に製法として用いたレシピは,スタインバーグ先生の原法
ではなく1998年主婦の友社刊「ひと味ちがう漬けもの」,p39,きゅうりのピクルスである.
きゅうり:4~5本, 塩:20g, これを下漬けした後処方にしたがってピクルス液に漬け
込むのだが,このピクルス液の成分が結構複雑である.
    水:1カップ
    酢:1カップ
    砂糖:大さじ3
    塩:小さじ1+1/4
    ピクルス用スパイス:大さじ1
    ローリエ:2~3枚
    赤唐辛子:2~3本
となっている.ところがスタインバーグ法のどこを見ても酢を加えるとは書いていない!
要するに白菜漬けのように乳酸発酵を待っということだろうか.来年はこの酢を
加えない処方でコーシャー・ディル・ピクルスに挑戦しようかと女房と相談している.

▲今まで解説抜きでコーシャーの語を使っていたが,このコーシャーって一体何の
意味だろうか.このコーシャーは今新しい食品哲学として注目を集めてきているのだが,
これを解説するとなると別の一章が必要となる.なぜならユダヤ教の食事戒律
に沿った認証制度がコーシャーだからだ.宗教と食の組み合わせは奇異に
見えるかもしれないが,両方はお互いに深くかかわっていて仏教も例外ではない.
それは精進料理を見ればなるほどと肯けるかもしれないが,話が長くなりすぎた.
ピクルスの話はひとまずここまでにしよう.
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